世界の放射光施設で「光」を操る、
ミクロの世界をのぞき込むスペシャリスト。
電子を光速近くまで加速し、その電子を磁石で曲げると強力な電磁波(光、特に赤外線からX線領域の光)が発生します。この電磁波は放射光と呼ばれます。放射光は電子のエネルギーが高いほど指向性の良い明るい光となり、また、電子のエネルギーが高く、進む方向の変化が大きいほど、X線など短い波長の光を含むようになります。指向性が高いということはレーザーポインターからの光のように、家庭用電球にくらべ、小さな発光点から発生した光があまり広がらずに進むので、狭い範囲を明るく照らすことができます。このような小さな領域を明るく照らす光は輝度が高い光(高輝度光)と呼ばれます。材料科学、生命科学、医学、地球惑星科学、環境科学、エネルギー科学など物質研究の分野では、物質の微小領域での性質を調べたり、微量物質の性質を調べること、様々なエネルギーの光に対する物質の応答を調べることが重要になります。これらに放射光の高輝度性や放射光が幅広いエネルギーを有していることで可能になるエネルギー可変性が役立ちます。
放射光を測定したい試料に入射させたときの応答、すなわち、回折、屈折、散乱、吸収、発光を観測することにより試料の様々な性質を明らかにすることができます。
物質・材料の原子種や原子配列構造の決定(構造解析)が精度良くかつ短時間でできることから、薬剤設計・製造のためタンパク質の構造解析、新材料開発のため様々な条件下での物質の構造解析が行われています。また、物質中の微量元素の存在がわかることから、生体試料中の微量な環境汚染物質や大気中汚染物質が何かを明らかにして発生源の特定や生物への影響などの調査にも適用されています。さらにX線の透過性や屈折作用を利用して、生物の骨、軟骨、臓器の撮像、微小血管造影、呼吸器系疾患観察など医学研究にも利用されます。
例えば、(1)タイヤ開発で、材料の物質や構造を評価しつつ、骨格となる高分子の中に添加剤や架橋剤を混ぜ、特殊な材質と構造の材料にすることで、低燃費化、高グリップ化、高耐摩耗化を実現し、燃料の節減、車の安全性向上に貢献したこと、(2)ガソリン自動車用触媒に使用される貴金属(パラジウム・白金・ロジウム)に自己再生機能を与え、排出ガス浄化性能の劣化防止に成功し、貴金属使用量の大幅低減と低コストでかつクリーンな排出ガスの両立を可能とした触媒開発にペロブスカイト酸化物への貴金属の出入り(固溶・析出現象)を原子レベルから解析することで開発に方向性を指し示すことで貢献したこと、などがあります。
放射光施設では、電子銃で発生した電子が真空中に取り出され、この電子が電子加速器によって光の速度近くまで加速され、その後、円形の真空リング内を周回しています。電子が真空リング周回させるために、多数の電磁石で電子の方向を次々曲げています(曲げる力をローレンツ力と言います。フレミングの左手の法則、覚えていますか)。この電子の軌道が曲げられたとき、接線方向に放射光が発生します。
発生した放射光はビームラインと呼ばれる装置を通って、測定したい試料を調べる実験装置に導かれます。このビームラインでは実験装置まで放射光を運ぶだけではなく、研究者が実験しやすいように放射光を加工しています。まず、発生した放射光のうち強度の弱い部分(放射光の断面でいうと周辺部分)をスリットで取り去ります。次に、分光器で研究者が使いたいエネルギーのみをもつ放射光を取り出します。このように加工された放射光を使うことで測定の精度が向上することになります。これだけでも多くの実験に使用されますが、さらに、集光装置を利用して、放射光を微小領域に集めることで、測定試料のごく小さな領域に輝度の高い放射光を照射し、試料の微小部の性質を調べたり、微粒子の性質を調べたりできるようにもしています。トヤマは、このようなスリット、分光器、集光装置、さらにはこれらを制御するシステム、安全のためのインターロック機構などを含むビームライン全体を製造しています。これに加えて、研究者が使用する実験装置、たとえばX線逆光電子分光装置、偏光度測定装置、X線顕微鏡なども製造しています。