基板とターゲット面とが向かい合ってプラズマ空間を形成するマグネトロンスパッタリング法では、基板温度やスパッタガス圧により薄膜のモフォロジーが変化します。これは、マグネトロンスパッタリング法による薄膜形成の場合スパッタ粒子の運動エネルギーが小さいため基板表面のミクロな凹凸に対して粒子が成長しやすく、かつ基板表面に入射する粒子の方向性に沿って柱状粒子が成長しやすい性質があるためです。 このため、粒子界面には微小空隙(ボイド)が生じ、緻密な膜が得られにくい傾向があります。 また、金属化合物薄膜や酸化・窒化膜を形成する場合には希土類や酸素、窒素ガス等を用いるためターゲット表面から放出される電子や負イオンがターゲット表面に形成される強い磁界(カソードシース)で反射エネルギーを与えられ高い運動エネルギー(100 eV程度)を保持したまま基板に入射し基板表面にダメージを与えてしまいます。 このため、基板表面にはプラズマ衝撃が局所的に加わり薄膜には内部応力が残留しやすい性質があります。
一方、新対向ターゲット形スパッタリング法(FTS)の場合には対向するターゲット間の磁界によりプラズマを拘束、プラズマ空間ではγ電子、反跳Ar、スパッタ粒子などは互いに衝突を繰り返しArのイオン化やスパッタ粒子のイオン化を促進します。そのため、基板上に飛来した粒子の移動度が高く、粒子は面上で全方向に移動しつつ固化します。 さらに、FTS法の場合基板はターゲット表面と直角に配置しており、ターゲット端部数10 mm離れた側方の空間におかれているため基板表面を衝撃するプラズマを排除できる機構となっています。また基板表面はr電子や負イオン等の高エネルギー粒子による衝撃を受けにくい ことにより、プラズマフリーに近い状態となり、結合エネルギーが数 eV程度からなる有機物(有機半導体、有機EL、バイオ材料)上への電極形成などを実現できます。 以上のようにFTS法はスパッタ粒子のエネルギーが高いことと基板表面へのプラズマ衝撃を抑制することにより、短距離的に粒子が一様に配置する微細構造粒子が緻密に積層したモフォロジーの膜を形成することができる成膜技術です。
以下の図は酸化物超伝導材料の1つであるPr0.7Ca0.3MnO3(PCMO)薄膜の低温結晶化の検討に対して、新対向ターゲット形スパッタリング法(NFTS)とマグネトロンスパッタリング法によりそれぞれ形成したときの断面TEM像です。 NFTS(基盤温度:480 ℃)では基板表面への高エネルギー酸素イオン(負イオン)が無く、スパッタ粒子の運動エネルギーが高いため、PCMO/Pt(下部電極)界面で平坦であることが分かります。 一方、通常のMS法では酸素イオンのダメージのためランダムな結晶となり荒れた表面となり、かつ下部電極と良好な界面が得られていません。 また、スパッタ粒子の運動エネルギーが低いためPCMO薄膜の結晶化には基板温度620 ℃が必要となります。このように、PCMO薄膜の低温結晶化はマグネトロンスパッタリング法とNFTSの違いが明確に現れた一例です。
▲Pr0.7Ca0.3MnO3(PCMO)薄膜 断面TEM像